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湘南日々記
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神奈川県の公図 「神奈川県の明治期地籍図―東京三多摩を含む地域の公図のなりたちと特色」
神奈川県の明治期地籍図―東京三多摩を含む地域の公図のなりたちと特色神奈川県の明治期地籍図―東京三多摩を含む地域の公図のなりたちと特色
(1993/04)
佐藤 甚次郎

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公図について、何か書きたいなと思ってましたが、本書を紹介することにしました。

「公図」は不動産取引や境界確定に活用される図面で、法律上は「地図に準ずる図面」です。

神奈川県下の法務局に備え付けられている公図の成り立ちと特色が書かれた、大変著名な
本です。

明治政府は明治5年に地所永代売買禁止を解除して土地の所有権を公に認め、翌6年に
地租改正法を交付して、従来の年貢から土地に課税することとしました。

このため、明治政府は地所1筆単位に地券を発行しました。
明治5年のものは壬申地券、地租改正後のものは改正地券と呼ばれます。

前者は従来の年貢の「高」が書かれ、改正地券では反別(例えば上田2反2畝23歩)だけで
地価と税率及び地租額が「何円何十銭何厘」と記されていました。
前者は年貢高、後者は面積に対する租税です。

この新しい税法(地租改正法)を実施するには、まず1筆ごとの地主を確認し、各筆の面積・
地目の正確な把握が前提になります。

壬申地券交付調査では面積については幕藩時代の検地帳・名寄せ帳の公簿記載面積を
基本としましたが、改正地券では実面積を捕捉する必要があり、現況に関して実測して調査
する(地押丈量)ことが要求されました。

調査作業は在来の村三役に責任を負わせた自主的な申告制をとり、村町単位に纏められた
調査簿には地引絵図(全村図と字単位の「字図」)が添えて提出され、係官員の検査が行わ
れました。

測量の専門家(分間師)も活躍し、足柄上郡菖蒲村(現在の秦野市域)での実測と地図作成
の記録も紹介されています。

壬申地券交付の調査作業を進めていたところに、地租改正作業が入ってきて、各県の対応
は大変でした。

改租における脱落・誤謬の補訂、改租以降の変動を整理するため実地調査を行うこととされ、
地押調査図(更正図)が作成された県もありましたが、神奈川県は更正図を調整せず、
「改租地図」に訂正を施すことを原則としました。

明治22年に地券を廃止して、地租は土地台帳で公示された記名者から徴収することになり
ました。従って、神奈川県の法務局ならびに市役所・町村役場の旧土地台帳付属地図
(公図)は、「改租地図」に訂正を施した図面、あるいはこれを基礎に補訂して描き直したもの
が主体です。

<神奈川県の地図についての主な特徴>
①地番の付け方は、一村通し番号方式が採用された。
②縮尺は、一分一間の割合、すなわち600 分の1 が原則とされた。
③地図における宅地の表現は、屋根形または家屋形図形を記入している。
④地積の求め方は、十字法によって行うべきとされたが、三斜法によることも認めた。
当時専門家が請け負った場合は三斜法によったものが多かった。
⑤端尺については、間の下の単位の分=歩に足りないものは切捨て、0.1間(6寸)
単位とした。
⑥公道部分は有租地ではないが、その長さ間数と道幅を取調べ、図面にそれを記入
することが指示された。
⑦畦畔・崖に関しては除外する措置がとられた。

地租改正に伴う調査作業は国や県からの指示も煩雑でしたので、読みづらいようです。

同じ著者の「公図読図の基礎」は、当時の調査測量作業を多くの図入りで紹介しており、
他県での状況も紹介されてますので、今後ぜひ目を当してみたいと思っております。

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土地家屋調査士 西山啓示のブログに、ようこそ!
事務所を神奈川県平塚市の市役所・八幡山公園前に置いております。
このブログでは、地元の自然、地誌、業務など、気の向くまま書き綴ってます。



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